2019年04月15日

コンタクトー宇宙にいる人との接触と人間の2極化ー

<本日のコーヒー>
・マンデリン G-1
 コーヒーらしいコーヒー。苦味も効いていてとてもおいしい。
 夕方、友人たちとともにお店でいただきました。
・ホンジュラス
 今飲みきらなければ行けないコーヒー。
 酸味が出ていて、酸味が好きな人には美味しいコーヒー
 個人的には、好みではありません。まずくないけど。

<コーヒーの友> 映画「コンタクト」
昔見た映画でもう一度見たいと思い、見た映画です。
色々感じるところはありました。ストーリーとしては
主人公の人生のお話:恋愛あり、父の死ありといった側面と
宇宙からの信号を調べ続ける学者としての側面と
未知の存在に対する人類の反応という側面の3つが
うまい具合に混ざって展開し、落ち着くところに落ち着いていく
感じでやはりとてもきれいな映画、ストーリーを紡ぎ上げているなあ
と思いました。

個人的には技術者なので、コンピューターがすごく古くて
懐かしいとか思いました。

さて、この映画で感じたことを上げるとするならば、
人間とは如何に何も知らないかということと人の言ったことを
信じることができるかどうかはその人次第であり、
人間とは一旦集団となると懐疑的になりやすい生き物なのだということ
です。

1.人間とは何も知らない
  人間に知ることが許されていることはそんなに多くはありません。
  自分が見ていることしか知ることはできないのです。
  そして、それが気づくか気づかないかも人を選びます。
  知っている人は自分の心が何を知っているのかということに 
  焦点を置いて考えることができます。
  いわゆる本でスピリチュアルなことを書いている人たちです。
  彼らは嘘を言っているとは思えません。
  ただ、僕達には隠されている何かを彼らは知ることができて
  それを伝えているということにほかなりません。
  人を信じることができるかどうかは、自分が何も知らないということを
  知ること、その人の経験したことはその人にしか経験できないので
  説明してもらったときには、信じるしかないということを理解すること
  だと思います。
  このコンタクトもそのようなことが発生します。
  技術を信じる人、宗教を信じる人が出て様々な動きをします。
  自分たちに何が知ることを許されているのか理解できているのか
  と思って見ていました。そして、僕は何を知ることを許されて
  いるのだろうと思うのです。

2.集団になれば懐疑的になる傾向がある人間
  人は、信じる人と信じない人の2極化になりますが、
  集団になると更に強力になります。しかも、集団の場合
  他人の力がなぜか作用してしまうため、集団の総意が信じないこと
  であると感じればそちらに流される傾向が人にはあるのではないか
  と思うのです。
  信じない集団に信じる人はいられないので、信じている人も自分に嘘をついて
  残り続けるか信じる集団に入るかはその人に委ねられるのです。
  そのようになってくると集団に置いてはかなり暴力性が強くなります。
  外からていると集団リンチのような状態になってくるのです。
  その傾向は日本のメディアなどを見ていてもそう感じるときがあります。
  総理大臣に対しても何かミスを犯すと突くような執拗な質問攻めと
  予想が織り交ざった報道など。
  総理大臣はお仕事なので仕方ないかもしれませんが、一般の方でも
  ターゲットにされると生きていくことも困難に感じるかもしれません。
  コンタクトでもそのような場面がそんなに多くはありませんが、
  出てきていました。

そして、この映画を見て感じたことは「僕は何も知らない」
という事実を再確認し、他人の感じること状況も何も知らないので
そこを考慮してコミュニケーションを取っていかなければ行けない
ということでした。
タグ:映画
posted by prhiraga at 10:34| コーヒーとともに